労働判例百選紙芝居

神戸弘陵学園事件:労働法判例百選紙芝居  #59

モデル事件:神戸弘陵学園事件

 今回は,労働法判例百選にも掲載されている,試用期間なのか,有期の雇用契約なのかが争われた判例として有名な,最高裁平成2年6月5日第三小法廷判決「神戸弘陵学園事件」をモデルにしたストーリーを,紙芝居型で,お伝えします。(あくまでモデルであり,実際の事件とは異なる部分があります。)

 こちらは,Xさんです。

 Xさんは,学校の先生,教員になることを目指していました。

そこで,Y学校法人の教員になるための面接を受けました。

 他方,こちらはY理事長です。

 Y理事長は,このY学校法人の理事長をしていました。

 Xさん,当法人としては,4月1日から,あなたを,社会科の教員として,採用したいとおもっています。

 ほんとですか,やったー

 ただし,条件があります。

 え,なんですか,条件って。

 当法人としては,あなたを常勤講師として受け入れますが,契約期間は1年間とします。

そして,その1年間の勤務状態を見て,再雇用するか否かを判定することにします。

 Xさんは,内心,こう思いました。

 ええー,最初っから,期間をさだめないで,正社員さんみたいに,ずっと契約してもらえるわけではないのか。1年間という期間がつくのか。1年間の勤務状態で,判断されるってことかぁ。まあでもいっか。がんばれば,いいわけだし。

 わかりました。今年1年間の働きぶりがよければ,来年以降も働かせてもらえるってことですよね。わかりました。それでお願いします。

 こうして,Xさんは,Y学校法人で勤務することになりました。

 その際,XさんとY学校法人との間では,雇用契約書など,なんらの書面の取り交わしもありませんでした。

 そして,1か月後のことです。

Xさんが働き始めて1か月後,XさんはY理事長に呼び出されました。

 コンコン失礼します。Y理事長,只今,参りました。

 Xさん,今日は一つお話がありまして,来ていただきました。

この書類を見てもらえますか。

これは,先日,採用面接の際に説明したとおり,Xさんと当学校法人で,1年間の期限付きの雇用契約を締結したことを,確認するものです。

そして,その内容に加えて,その期限が満了した時は,何らの通知をしたりする必要なく,当然に,退職することになる,ということが書かれています。

この内容を確認して,間違いがなければ,署名捺印してください。

 は,はい,わかりました。

 Xさんは内心,こう思っていました。先日と同じ内容なら,なんでわざわざこんなもの書かせるんだろうか・・・。

 その後,Xさんが働き始めて1年が経過しようとしていました。

 Y理事長は,Xさんを呼び出しました。

 コンコン失礼します。Y理事長,只今,参りました。

 Xさん今日は,大切な話があります。実は,今年で,Xさんと当学校法人との雇用契約を終了することにします。

 ええっどういうことですか!?

 今,お伝えした通りです。Xさんと当学校法人との雇用契約は,今年で終了ということです。

そ,そ,そんなぁ。どうか,どうか,来年以降も契約をお願いします。このとおりです。なんでもがんばりますので,どうかおねがいします。

なにを言ってるんですか,Xさん,あなた,この書類に署名・捺印しましたよね。

この書類には,Xさんと当法人との雇用契約が,1年で終了すると,明確に,書いてありますよね。

ちゃんと,約束したんですから,それを守るべきでしょう。

 そ,そ,それはそうなんですけど。でも,1年間の働きぶりがよければ契約を続けてもらえるっていうことでしたから。一体,僕のどこがわるかったんですか?

 とにかく,話は以上です。当学校法人は,Xさんとの雇用契約は,今年で終了とします。話は以上です。

 そ,そ,そんなー。

 Xさんは泣きながら,学校から帰りました。

 しかし,Xさんは納得ができず,裁判を起こすことにしました。

 こちらは,裁判所の裁判官です。

 静粛に。今から裁判を始めます。

 まず,Xさんは次のような主張をしました。

 今回,私は,採用面接のときに,1年間の働きぶりがよければ,契約を続けてもらえると言われました。

 ということは,今回の雇用契約における「1年間」というのは,「契約期間の定め」ではなくて,「試用期間」が1年ということです。

 これに対して,Y理事長は,次のように反論しました。

 いいえ,違います。今回の当学校法人と,Xさんとの雇用契約は,1年間の試用期間がついているという雇用契約ではありません。

 試用期間ではなくて,雇用の契約期間それ自体が,1年で終わる,雇用契約ということです。

 このことは,Xさんが署名・捺印した書類にも,明確に書いてあります。

 このように,XさんとY学校法人の主張は,真っ向から対立しました。

 そして,約1年後のことです。

 裁判官です。

 これから,判決を言い渡します。

 主文,Xさんが,Y学校法人に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることを,確認する。

やったー,認めてもらえたんだ

 ええー,そんな,そんなのおかしいぞ。ちゃんと書類だってあるんだから。いったい,どういうことなんだ

 説明します。

 使用者が,労働者を採用するにあたり,その雇用契約に期間を設けた場合において,

その期間を設けた趣旨・目的が

労働者の適性を評価・判断するためのものであるときは,その期間の満了により雇用契約が当然に終了する旨の明確な合意があるなどの特段の事情がない限り,

その期間は,契約の存続期間ではなく,試用期間であると解するのが相当です。

 そして,今回の,Y理事長の発言,本件雇用契約の締結状況,その他の事情を総合的に考慮すると,今回のXさんとY学校法人との雇用契約における「1年間」という期間の定めは,契約期間のさだめではなく,試用期間であると認定します。

 ええー,そんなー

高知県観光事件:労働判例百選紙芝居   #58

 今回は,
労働法判例百選に掲載されている,

 時間外手当に関する判例として有名な,
最高裁平成6年6月13日
第二小法廷判決

「高知県観光事件」をモデルにしたストーリーを,
紙芝居型で,
お伝えします。


こちらは,Xさんです。
Xさんは,タクシーの運転手をしていました。
毎日を一生懸命,がんばっていました。


Xさんの勤務時間は,
午前8時から翌日の午前2時まで,
休憩は2時間でした。


そのため,Xさんは,1日,
14時間勤務していました。


Xさんのお給料は,タクシー料金の売上高の歩合で決まる,完全歩合給制でした。


Xさんは,こう思っていました。
うちの会社じゃなくて,
もし,普通の会社だったら,
1日8時間を超えて働いた場合とか,
深夜の間帯,つまり,
午後の10時から翌朝の午前5時までの
時間に働いた場合は,

割増賃金がもらえるけど,
うちの会社はそういうの,
一切もらえないんだよな。

 なんだか納得いかないな。
よし,社長に,交渉してみよう。


このように,Xさんは,
完全歩合給制の会社ということで,
1日8時間の法定時間外や
深夜時間の割増賃金は,
もらっていませんでした。

 Xさんの会社では,
この歩合給の中に,
割増賃金が含まれている,
とされていました。


他方,こちらは,Y社長です。
Y社長は,Xさんが勤務するタクシー会社の社長です。

 昨今の厳しい情勢の中でも,

毎日一生懸命工夫を重ねていました。


Xさん,なにを言ってるんですか。
あなた,わが社が,
完全歩合給制の会社だって,
わかったうえで,
それでもよいから
うちで働きたいと言って,
うちの会社に入ってきたんじゃないですか。


わが社では,
歩合給のなかに,
法定時間外や深夜時間の
割増賃金も含まれているんです。

あなたは,
それをわかって
就職したんですから,
今さら何を言ってるんですか。


Xさんは,
このY社長の説明を聞いても,
納得ができませんでした。

 そこで,なんと,
裁判を起こしました。

 こうして,
XさんとY社長の戦いが
始まったのです。

 この裁判において,
Xさんはこう主張しました。


労働基準法という法律で,
法定時間外や深夜時間の
勤務に関する割増賃金は,
ちゃんと支払わなければならないって,
法律で決まってるんですから,
ちゃんと払ってくださいよ。


他方,Y社長は,
こう反論しました。

いやいやいやいや,
何を言ってるんですか。

 うちの会社は,
完全歩合制で,
この歩合のなかに,
法定時間外や深夜時間の
勤務に関する割増賃金も
含まれているんです。


それをわかって,
Xさんは入社してきたんですから,
そういう合意が成立しているんです。

 だから,今さらになってから,
やっぱり,割増賃金を払えなんて,
おかしいでしょう。

だったら,最初から
うちに就職しなければよかったんですよ。
二人は,真っ向から対立しました。


そして,いよいよ,
判決言い渡しの日になりました。

 静粛に。判決を言い渡します。
裁判所としては,Xさんの請求を認めます


Xさんは大喜びです。

 やったー


Y社長は,愕然としました。

 ええー,な,な,なぜ,わが社の主張が認められないんですか。


静粛に。このように,判断した理由を述べます。


まず,労働基準法という法律で,
割増賃金は,
しっかりと払わなければならないことが
決められています。

 そのため,
もし,仮に,
会社と従業員が,
割増賃金は払わないという合意をしても,
そのような合意は無効です。


そのうえで,次に,
会社の主張では,
歩合給の中に,
割増賃金が含まれている
という主張について,判断します。

 裁判所としては,
この会社の主張は,認めません。


なぜなら,まず,
今回のケースでは,
Xさんが法定時間外に勤務したり,
深夜時間に勤務しても,
歩合給の額が変わりません。


そして,Xさんの場合,
完全歩合給のお給料のうち,
どの部分が,
通常の労働時間の賃金に当たる部分で,
どの部分が割増賃金に当たる部分なのか,
判別することができません


これらの事情からすると,
この歩合給の支給によって,
労働基準法が規定する
割増賃金が支払われたと,
認めることができないからです。


以上より,会社は,
Xさんに対して,
割増賃金を支払いなさい。


そ,そ,そんなー